相続放棄は難しい事ではありません。相続人が自分の意志だけで家庭裁判所に申し立てることで単独で行えます(民法第938条)。しかし幾つか注意しておかないと他の相続人を巻き込んでとんでもない事態を引き起こしてしまうことがあります。
平穏な毎日を送っていた人がある日突然身に覚えのない多額の借金を背負うことになってしまう。そんな悲劇が遺産相続の中に潜んでいます。それは遺産相続は預貯金や不動産などのプラスの財産だけでなく負債(借金)といったマイナスの財産も相続することになるからです(民法第896条、899条)。
例を上げます。父親の浩が亡くなりましたが多額の借金があったためこのまま相続すると一家破産状態となるため浩の妻と浩の子一郎は家庭裁判所に相続放棄を申し立てて認められました。これで妻と一郎は相続人ではなくなります(民法第939条)。そのため借金を返済する必要はありませんから目出度し目出度しと言いたいところですが借金そのものは消えてなくなった訳ではありません。第一順位の相続人が相続放棄するとその相続財産は第二順位に引き継がれます。つまり浩の両親が相続することになります。その両親がすでに他界していたら第三順位の浩の兄弟姉妹が相続人となります(民法第889条)。借金を浩の兄である幸一、つまり一郎の伯父さんが相続する事になるのです。更にその伯父さんが既に亡くなっていた場合は、その子の幸子が代襲相続する事になり一郎のいとこが借金を背負う事になってしまいます。いとこの幸子にしてみたら結婚して遠方に住んでいて父親が10年前に亡くなって以来付き合いも殆どない父親の弟が残した多額の借金を突然催促されるわけですからたまったものではありません。そして相続放棄は相続開始を知ったときから3か月以内に行わないと認められなくなってしまいます(民法第915条)。幸子にしたら大変な事態です。
そしてもう一つ、田舎で一人暮らししていた親が亡くなりました。財産は古い家だけだったので相続放棄をしました。これで財産処理は終わりかと思ったらそうではありません。相続放棄してもその相続財産の管理者が決まるまでは管理しなければならないのです(民法第940条)。更に相続放棄したためその家の所有権がないので処分ができません。とても困った状況になります。
はじめに述べたように相続放棄は比較的簡単にできます。しかしその影響は広範囲に及ぶ場合があります。特にマイナス財産の放棄は専門家に相談するなりしてよく考えてから行わないと大変な状況を作ってしまう事があることを知っておくべきでしょう。